○諸工人の侠言
▲ 年頃は四十位。大工か左官らしき風俗、印半纏股引腹掛け、三尺帯は汚れたれど、白木の算盤染め、土橋まがいの煙草入れに厚張りの真鍮煙管、髪はしのを束ねたるごとく、連れも同じく職人ながら、この人物は年かさといいことに兄弟子にてもあらんかと思われたる話ぶり。よほど酔いが廻りしと見えて巻き舌の高声にていばりをつける癖あり、
「エエ、コウ、松や聞いてくれ、あの勘次の野郎ほど
附合のねえまぬけは、
西東の
神田三界にゃアおらアあるめえと思うぜ。まアこういう訳だ聞いてくりや、
夕辺仕事のことで八右衛門さんの
処へ面ア出すと、ちょうど
棟梁が来ていて、酒が始まっているンだろう、手めえの
前だけれど、おらだって世話焼きだとか
犬のくそだとか言われてるからだだから、酒を見かけちゃア逃げられねえだろう。しかたがねえからつッぱえりこんで
一杯やッつけたが、なんぼさきが
棟梁大工でもご馳走にばかりなッちゃア
外聞がみっともねえから、盃を受けておいてヨ、小便をたれに行く振りで表へ飛び出して横町の
魚政の
処へ
往てきはだの刺身をまず
一分とあつらえこんで、内田へはしけて一升とおごったは、おらア知らん顔の半兵えで
帰えってくると、間もなく酒と肴がきた
処から、
棟梁も浮かれ出して、
新道の小美代を呼んで来いとかなんとか言ったからたまらねえ。
藝妓が
一枚とびこむと八右衛門がしらまで
浮気になってがなりだすとノ、勘次の野郎がいい芸人の振りよをしやアがって、
二上りだとか湯あがりだとか蛸坊主が
湯気にあがったような
面アしやアがって、狼の遠吠えでさんざツぱら騒ぎちらしゃアがって、その挙句が
人力車で
小塚原へ押しだそうとなると勘次のしみツたれめえ、おさらばずいとくじを決めたもんだから、棟梁も八さんもそれなりになってしまッたが、エエ、コウ、おもしろくもねえ
細工びんばう
人だからだ、あの野郎のように
銭金を惜しみやアがって仲間附合を外すしみったれた了簡なら職人をさらべやめて
人力の
車力にでもなりゃアがればいいひとをつけこちとらア四十づらアさげて色気もそツけもねえけれど、附合とくりゃア夜が
夜中、槍がふろうとも
唐天ぢよくからあめりかのばったん国までも行くつもりだア、あいつらとは職人のたてが違わあ。口はばツてえ言い分だが。うちにやア七十になるばばアにかかアと
孩児で以上七人ぐらしで、壱升の米は
一日ねえし、夜があけてからすがガアと啼きやア
二分の札がなけりゃアびんばうゆるぎもできねえからだで、年中十の字の
尻を右へぴん曲るが半商売だけれど、
南京米とかての飯は喰ツたことがねえ男だ。あいつらのようにかかアに人仕事をさせやアがって、うぬは仕事から
帰ツて来ると並木へ出て休みにでっちておいた
塵取なんぞをならべて売りやアがるのだア。すツぽんにお月さま、下駄に焼き味噌ほど違うお職人さまだア、ぐずぐずしやアがりやア
素脳天を叩き割って西瓜の立売にくれてやらア。はばかりながらほんのこったが矢でも鉄砲でも持って来い、恐れるのじゃアねえわえ、ト言い掛かりやア言いたくなるだろう、のウ松、てめえにしたところがそうじゃアねえか。オイオイ、あンねえ《女》熱くしてモウ
二合そして
生肉も替りだア、早くしろウ、エエ。
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